予定を詰め込んだ旅程、早朝フライト、そして「休暇から戻ったら、また休みが必要だった」などという自虐的な自慢が称賛されるこの世界で、スロートラベルはどこか逆行しているようにも感じられます。それは「もっと」を追い求める姿勢から一歩引き、今この瞬間に身を置き、場所を深く知り、そして、もしかしたら、本当に何もしないことを選ぶ旅。
常に何かをしていることが美徳とされる文化の中で、スロートラベルは問いかけます。少ないことこそ、実は豊かなのではないか?と。
インド洋に真珠の連なりのように浮かぶモルディブほど、ゆっくりとした時間が似合う場所はそう多くありません。
この珊瑚礁の島々は、長いあいだ旅人を惹きつけてきましたが、かつてその目的は「楽園」ではありませんでした。ターコイズブルーのラグーンは、太陽を浴びるための場所ではなく、香辛料交易路を進む船乗りたちが補給と休息をとるための「立ち寄り地」だったのです。そして現在、その「立ち止まること」そのものが、旅の目的となりました。
多くの島が一島一リゾートという形をとるモルディブでは、旅は自然と静かに、そして驚くほどゆっくりと流れていきます。そんな穏やかな時間の流れを大切にするホテルの中でも、バロスとミライドゥは、とりわけその魅力を体現しています。
マーレからスピードボートでわずか25分。空港の喧騒を離れた先に広がるのは、まるで別世界のような島。1970年代初頭から、バロスは「ベアフット・ラグジュアリー」を磨き上げてきました。75棟のヴィラは、揺れるヤシの木々の間や、きらめくラグーンの上にそっと佇んでいます。行き届いたサービス、比類なきシュノーケリング環境、そして景色と同じくらい記憶に残る料理、すべてがここには揃っています。
桟橋に足を踏み入れた瞬間(ここではすぐに靴が不要になります)この島が「立ち止まるために設計されている」ことを感じるはずです。
背の低い建物が緑に溶け込み、ヤシの木陰に砂の小径が伸び、透き通る海が静かに岸へと寄せては返します。広大なリゾートに圧倒されがちな人にとって、バロスは絶妙なバランスを保っています。首都に近い利便性と、完全な隠れ家のような静けさ、その両方を叶えてくれるのです。バロスのラグジュアリーは、決して誇示されるものではありません。素足のまま楽しむような自然体のエレガンスが、島全体を包み込んでいます。チーク材の床、茅葺き屋根、砂岩の壁、それらがやわらかな光を受け止め、骨白、セージグリーン、シーグラスブルーといった、日差しに褪せた色合いが空間を彩ります。高い天井と大きな窓からは海風が吹き抜け、屋内外の境界はほとんど感じられません。ヴィラに足を踏み入れると、そこはリゾートスイートとプライベートアイランドの住まいが美しく溶け合った空間。
真っ白なリネンに包まれたキングサイズベッド、屋内外につながるバスルームには深いバスタブとオープンエアのレインシャワー。写真家が夢見るような光が、あらゆる場所に降り注ぎます。多くのヴィラにはプライベートプールや海への直接アクセスがあり、読書の合間やルームサービスのひと皿のあとに、思い立った瞬間に海へ飛び込めます。
食の面でも、バロスは期待を裏切りません。シグネチャーレストラン「ザ・ライトハウス」は、白い帆と水上デッキが印象的で、スリランカのスパイスや新鮮なシーフードを使った料理が並びます。ラグーンの上に佇む「カイエン・グリル」では、肉や魚が主役。日本産和牛は、口の中で溶けてしまうほど柔らかです。
「ライム」では、朝から夜まで、ローカル料理と世界各国の定番メニューをカジュアルに楽しめます。夕暮れ時には、「セイルズ・バー」でカクテルを片手に、水平線に沈む太陽を眺めるのが定番です。
また、バロスはモルディブでいち早く海洋保護センターを設立したリゾートのひとつです。常駐する海洋生物学者とともにシュノーケリングを楽しんだり、サンゴ再生の取り組みに触れたり、ウミガメとともに漂ったり、世界有数のハウスリーフが、すぐ目の前に広がっています。


ユネスコ生物圏保護区に指定されたバア環礁に位置するミライドゥは、スロートラベルとモルディブの伝統へのラブレターのような存在。
2016年に誕生したこの大人限定リゾートは、華美さよりも本質を大切にしています。50棟の茅葺きヴィラはすべて海を望み、プライベートプール付き。柔らかな砂浜に貝殻のように点在しています。日の出のヨガ、リーフでのシュノーケリング、水辺でのベアフット・ディナーなど、ここでは、それらすべてが自然な日常です。
マーレから水上飛行機で35分。眼下に広がるのは、どこまでも続く珊瑚礁のパッチワーク。
フライト自体が、すでに序章です。到着すると、曲線を描く木製の桟橋が鏡のような海の上を伸び、白砂とヤシの木、濃い緑に包まれた島へと導いてくれます。
ミライドゥのスタイルは、つま先を砂に埋めたまま過ごす感覚を完璧に表現しています。自然体でありながら、洗練され、快適。屋内は外の景色を迎え入れる設計で、バスルームには床から天井まで開く扉のすぐそばに深いバスタブが配されています。外に出れば、プライベートのインフィニティプールがラグーンと溶け合い、空と海の境界を曖昧にします。
水上ヴィラは、まるで海に浮かぶ私邸。空を映すプライベートプールと、色鮮やかな魚が泳ぐ海へと続く梯子が備えられています。
ビーチヴィラでは、大きなガラス扉の先にすぐ砂浜が広がります。ベッドは二つ。屋外のデイベッドで過ごす気だるい午後と、屋内のキングサイズベッドで迎える穏やかな夜。そのどちらもが、完璧な居場所です。
ミライドゥの食は、土地と歴史への敬意に満ちています。水上に浮かぶ「バッテリ・バイ・ザ・リーフ」は、伝統的なモルディブの木造貨物船バッテリを模した3艘の建物からなり、視覚的にも印象的です。
よりカジュアルに楽しむなら、砂浜で味わう「ショアライン・グリル」、幅広い味覚に応える「オーシャン・レストラン」もおすすめ。
リラックスしたい時間には、「コンパス・プール・バー」でインフィニティプールを眺めながら。もちろん、インヴィラ・ダイニングは24時間対応です。
夜には島の物語を伝える語り部の時間があり、夕暮れには伝統的なドーニ船でのクルーズも。料理教室では、シナモンやカルダモン、ターメリックといったモルディブならではのスパイスに触れられます。
夜には島の歴史を語る伝統的なストーリーテリングが行われ、夕暮れには伝統的なドーニ船でのサンセットクルーズ。静かに夕景を味わうひとときを過ごせます。料理教室では、シナモン、カルダモン、ターメリックといった、この土地ならではのスパイスを学び、モルディブの風味に触れられます。


バロスとミライドゥが提供するのは、絵葉書のような景色以上のものです。それは「ゆっくりすることの美学」。潮の満ち引きに合わせて時間が流れ、目覚めは太陽とともに。詰め込まれた予定はありません。食事は長く、足元は裸足のまま、心ゆくまで続きます。
悩ましい選択があるとすれば、リーフシャークと泳ぐか、プライベートプールでロゼをもう一本頼むか、そのくらいです。
本当に贅沢な旅は、何かを証明する必要などないのだと、ここは静かに教えてくれます。

